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ねことパンの日々

ねことパンの日々

姑獲鳥の夏 京極夏彦著

姑獲鳥の夏 京極夏彦著 平成6年 講談社(講談社ノベルズ)

姑獲鳥の夏


私、推理小説は嫌いではないのですが、高校時代以来とんと読む機会がありませんでした。その機会を与えてくれたのが、本書です。平成9年春に近所の書店で購入。

この頃、私は「妖怪」に関わる仕事の手伝いをしていて、そりゃあ沢山の妖怪絵図を見る羽目になったものです。絵巻やら版本やら錦絵やら...。そのとき、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』(原著:安永5(1776)年)から題材を得た小説があるぞ、と某氏から聞いたのです。
『都市の民俗学』などで知られ、妖怪研究にも切り込んだ民俗学の泰斗故宮田登先生は「あんなに分厚いのは僕は読まない」と笑っておられましたが、民俗学者も気になるのか...。と、ますます興味をかき立てられたものです。

舞台は昭和27年の東京。中野で古書肆を営む男の処に、知人の小説家が訪ねてくるところから話は始まります。

「二十箇月もの間子供を身籠もっていることができると思うかい?」

ある医院から漏れ聞こえてくる風説。それに巻き込まれていく小説家、名(迷?)探偵、刑事、そして「拝み屋」の古書肆。「姑獲鳥(うぶめ)」という妖怪になぞらえて語られる事件の真相とは...。

...あまり内容に立ち入らないでおきます。ハマるとおそろすぃ字数がかかりそうですから。
べつに妖怪が登場するホラーではありません。あくまで「姑獲鳥」の伝承や典籍の記述から作り出されたさまざまな解釈が、この小説のキーになっている、というだけの話です。しかし、この目論見は見事に中った、というべきでしょう。

もともと妖怪には姿かたちはありません。台所の鍋釜が鳴るとか、夕暮れ時にひたひた誰かが後をつけてくるとか、そういうものは単にそうした現象を体験した人の「ヘンだ」という認識が生み出す「怪異」であって、形を成したナニモノかがそこにいるわけではないのです。
しかし、そうした「怪異」に形を与えずにはおれないのが、人間の性というもの。古今東西、あらゆる「怪異」に形が与えられてきました。ほんとうに見た人は、おそらく何処にもいないのに、です。
そうした「妖怪」という、いわば社会の装置の本質をよくよく理解し、それをミステリに当て嵌めた作家の手法は、やはり流石と言わざるを得ません。実体がないのに、いつのまにか「そこに在る」と誤解する...。まさに「妖怪」の存在じたいが、トリックですものね。
やや冗長に過ぎるという指摘や、蘊蓄はキライじゃ!という批判もありますが、そうした脇道や伏線をうまく本線に乗せ、最後にびしっと収束させるあたり、ミステリの王道かと思います。
私などは、さんざんひどいめに遭う主人公の小説家に、いたく同情してしまうので、ますます感情移入してしまいます...。
((((_ _|||))))ドヨーン


京極夏彦の「妖怪ミステリ」は、最新作『邪魅の雫』を含め12タイトル13冊となりました。
『鉄鼠の檻』をNo.1に掲げる人も多いようですが、小説の出来としては、私は第1作目の本書に軍配を上げたいと思います。
すでにひとつのジャンルを成しつつあるともいえる京極夏彦の「妖怪ミステリ」。今後どんな怪作が出てくるのか、興味津々です!




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